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サステナビリティとファイナンス:業界の新たなスキルニーズへのアイルランドの対応

サステナビリティとファイナンス:業界の新たなスキルニーズへのアイルランドの対応

2023年7月、欧州委員会は、CSRD(企業サステナビリティ報告指令)のすべての対象企業が順守すべきESRS(欧州サステナビリティ報告基準)を採択しました。CSRDは2025年に発効し、売上高が5000万ユーロを超えるEU域内、域外の企業に適用されます。

2024年4月末、欧州議会はCSDDD(企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令)を承認しました。この法律により、2027年から従業員5000人超、世界売上高15億ユーロ超の大企業は、事業全体で人権と環境に関わるデューデリジェンスを実施する義務が課せられます。

「この規制により、どのような情報をどのような形式で誰に開示すべきかを知るための法務・規制業務系スキルの需要が生まれました」と、KBI Global Investors責任投資部門責任者であるEoin Fahy氏は述べています。

サステナブルファイナンスの専門知識を持つ企業が、次々にグローバルな職務や機能をアイルランドに配置しています。 カナダの金融サービスプロバイダーであるTD Securitiesは、欧州ESG市場のコアアドバイザーとして、グリーン、ソーシャル、サステナブルの3大部門で引受業務を構築しました。同社のアイルランド法人であるTD Global FinanceのESG債発行額は790億ユーロです。 

社はここ3年でアイルランド国内の従業員を50人から200人に増加しました。「ダブリンの現場で働く人々の質の高さに非常に感銘を受けています」と、TD Global Financeプライマリーマーケット部門責任者であるLaura Quinn氏は述べています。

これが、サステナブルファイナンス実務の導入を開始する必要がある多くの企業の現状だと、PwCアイルランドのサステナブルファイナンス担当責任者であるDeirdre Timmons氏は述べています。開示義務は組織の大きな課題です。グリーンファイナンス分野では、指標の開発、サステナビリティフレームワークの理解、リスク評価などの分野で新たなスキルが求められます。

金融サービス部門としては、以前と比べて報告業務の観点で3つの大きな違いがあると、EYの金融サービス事業リスクコンサルティング業務のパートナーであるFidelma Clarke氏は付け加えます。 その3つとは、非財務情報開示管理のためのデータ管理プロセス、顧客や投資家のESG格付けなど外部ESGデータ、そして 3つ目は、新たな開示基準を満たすために金融サービス企業のサプライチェーン全体での外部非財務情報のデータ整合性の検証が必要なことです。

イルランド最大の金融サービスプロバイダーであるAIBは、主要業務分野全体でグループの活動を支援するために、SX(サステナビリティトランスフォーメーション)と情報開示の専門知識を持つ中核チームがあると、AIBの最高戦略・サステナビリティ責任者であるMary Whitelaw氏は述べています。AIBは2017年からサステナビリティ情報の開示を行っており、進捗状況を継続報告していることが、グループの企業戦略の中核をなしているとWhitelaw氏は述べています。2020年には、アイルランドの銀行として初めて10億ユーロのグリーンボンドを発行しました。その2年後には、ウェックスフォード県の太陽光発電所2ヵ所と電力調達契約を締結、15年間にわたって固定価格で認証可能で持続可能な電力供給を確保しました。

同行は市場で持続可能な事業や気候変動対策への投資に対する関心が高まっていることも実感しています。「2023年には、37億ユーロの新規グリーン貸付が昨年の新規貸付総額の30%を占めました。2030年までに、新規貸付の70%をグリーンまたは転換にすることを目指しています」と、Whitelaw氏は述べています。2019年以降、AIBは顧客に116億ユーロの新規グリーン貸付を提供しており、これ自体が2023年12月までに100億ユーロとしていた同行目標を上回っていました。

ESG(環境、社会、ガバナンス)情報の開示を行うグローバル金融機関が増加するにつれ、各機関はこの活動を測定・追跡する方法を適応させていく必要に迫られています。この増加を追い風に、2024年4月、EYのアイルランド事業所はダブリンに新たな「サステナブルファイナンス・イノベーション・ハブ」を立ち上げました。

ESG分野の成長を示す兆候として、このハブの拡大が期待されています。「ダブリンでのEYのサステナブルファイナンス実務では、ESGに関する非財務情報開示が財務報告基準と同等に扱われるようになるにつれ、情報開示支援へのクライアント需要が高まっていることを受け、今後12ヵ月で2桁成長を見込んでいます」とEYのFidelma Clarke氏は述べています。

2020年には、アイルランドの国家人材開発機関であるSkillnet Irelandが、サステナブルファイナンスに特化した学習ネットワークを開発しました。翌年には、サステナブルファイナンスデータシステムを導入し、分類フレームワークをビジネスオペレーティングモデルに進化させるオープンソースの実用ツール開発に資金を提供しました。この事業では、国連SDGs(持続可能な開発目標)やSASB(サステナビリティ会計基準審議会)など、複数法域の規制、報告基準、グリーン分類を単一画面にマッピングします。First Derivative Technologies社は2010年にアイルランドに進出、2019年にはこの拠点をEU統括本部に指定、現在120人を雇用しています。 

KBIGIのEoin Fahy氏は、金融サービス部門で働く人々が今後の規制対応に必要なスキルを習得できるようアイルランドがプログラム開発に迅速に取り組んだことを高評価しました。さらに、大学やその他の専門スキルプロバイダーも、新規制施行に先駆けて業界ニーズに応えるべくサステナブルファイナンスのカスタムのトレーニングコースをいくつか開発しているとの認識を示しました。

アイルランド勅許会計士協会のような業界団体も、スキル需要に応える活動を始めています。2024年3月には、サステナビリティ・レポーティング・ディプロマとサステナビリティ・レポーティング監査・保証ディプロマの2つの新しい資格を発表しました。

アイルランドの規制当局であるCBI(アイルランド中央銀行)は、世界中の投資ファンド資産が4兆1000億ユーロ(世界総資産の6%)にのぼる世界最大級のファンドセンターとして欧州の金融システムにおいて高い評価を得ています。アイルランドはすでに欧州におけるESG投資のリーダーとして頭角を現し、資産総額の31%を運用しています。

アイルランドにサステナブルファイナンス業務の拠点を置くことを検討している投資家は、すでにアイルランドの規制当局と交渉している可能性もあります。CBIは、アイルランドで事業を展開している1万社以上の金融サービスプロバイダーを監督しており、すでに世界上位の銀行25行中21行、投資銀行上位10行中9行が拠点を置いています。

TD SecuritiesのLaura Quinn氏は、アイルランドがサステナブルファイナンスをリードするのにふさわしいと確信しています。「ヨーロッパがこの分野をリードしていますが、EU域外の組織に欧州規制への準拠について優れた助言と支援を提供できれば、アイルランドには多国籍企業が多数進出しているため有利になります。我々がリードするチャンスです」

アイルランドは、市場の活発な動きと同調しています。 2023年には、サステナブルファンドが従来の株式ファンドの業績を上回ったことがMorgan Stanleyの調査でわかっています。Irish Funds Industry AssociationのCEOであるPat Lardner氏によると、サステナブルファンドは急成長しており、ESG商品が現在、運用資産総額の31%を占めています。 同団体には145社以上が登録し、1万4000以上のファンドのサービスや管理を行っています。

全体として、アイルランド政府の「ファンド部門2030年レビュー」には、グローバル投資家のニーズに応えるファンドおよび資産運用部門の能力強化への取り組みが表れています。 アイルランドが提供する支援的な環境、スキルの存在、既存の活動は、対内投資先、また、国際的なESG投資のプラットフォームとしてさらに魅力的となるでしょう。