細胞遺伝子治療は、これまで治療不可能であった多くの病気や症状に対処する道筋を提供する医療の画期的新領域です。従来の医療を置き換えるというより強化するもので、今後10年以内に、C>(細胞遺伝子治療)は医薬品市場全体の20%を占める可能性もあります。
その成長の速さを示す一例として、2024年3月時点でFDA(米国食品医薬品局)は36件の遺伝子治療を承認しており、うち7件が昨年承認されたものでした。調査会社Nova Oneは、昨年の市場規模を183億ドルと見積り、今後10年間で年平均18.3%成長し、2030年には587億ドルに達すると予測しています。
その間、この分野の研究は継続されるため、企業は患者に必要となる量を製造できるよう体制を整えています。そこで登場するのがアイルランドです。
アイルランドは長年にわたる製薬業界の拠点です。世界第3位の医薬品輸出国であり、製薬会社世界上位10社のうち8社がすでにアイルランドで大規模事業を展開しています。アイルランドの国土の規模も利点で、教育、研究、製造、病院ネットワークの緊密な連携が可能です。このれが多くの製薬会社の誘致に役立ち、次世代の先進的治療の基盤を構築しています。
この部門の最前線の立ち位置を維持するために、アイルランドは、既存産業と新興企業が共にC>の課題に取り組むためのエコシステムを強化する方法を模索しています。
「細胞療法では、通常、患者の細胞を適応させたバージョンを使用します。そのため、これまでの療法にはなかったレベルの治療のパーソナライズができます。このパーソナライズにより、製造プロセスは複雑化します。製造プロセスの改善にテクノロジーやデータベースのサイエンスを使えるほど、先進療法の製造も改善できます」と、NIBRT(アイルランド国立バイオプロセス研究研修所)所長のDarrin Morrissey氏は述べています。
これらの先進療法は、患者自身の細胞を使用して長年の症状や疾患と闘うという点で画期的ですが、Morrissey氏は、その治療薬の製造方法は漸進的だと指摘しています。つまり、現在の行化の取り組みの延長線上にあるのです。
細胞・遺伝子治療の追加が容易だというわけではありません。過去10年間の初期治療のいくつかは、患者の入院先の病院で行われました。Morrissey氏は、長期的には規模を拡大し外部委託する製造プロセスが必要になると述べています。「現在、個々の患者の細胞治療薬を製造することは可能です。しかし、10人の患者を対象とした場合はどうでしょうか?100人の場合は?1000人の場合は?これが企業規模に関わらず、製薬会社が取り組んでいる課題です」
NIBRTの使命は2つあります。製造プロセスの改善を目的とした企業へのトレーニングと研究の提供です。「NIBRTでは、現在および将来のバイオものづくり標準に関するトレーニングを提供しています。一方で何年も先の潜在的バイオものづくり標準策定の研究活動も行っています」とMorrissey氏は説明します。
アイルランドには100あまりの多国籍バイオ医薬品製造施設があり、NIBRTはそれらすべてと関係を築いています。同センターはこれまでに約5万人のトレーニングを行ってきました。また、アイルランドのすべての高等教育機関とつながりがあり、そのつながりを新たな先進的治療薬の開発に取り組む主要病院にも広げています。
NIBRTが支援する主任研究者の1人、Sakis Mantalaris教授は、細胞生物学および細胞治療の分野で世界的に著名な研究者です。2004年2月には、トリニティカレッジダブリンとNIBRTの兼任職に関連して、アイルランド科学財団の研究教授職プログラムから488万ユーロの助成金を受けました。教授と両機関の研究チームは、細胞治療薬の製造改善と臨床結果の潜在的改善を目的とした革新的なプロジェクトを主導しています。
細胞・遺伝子治療の第一人者が集まっているのに加え、アイルランドは今後も医療の最前線にとどまり続けるのに役立つ利点もいくつか備わっています。その一つは、人口の多様化が進んでいることです。2022年の国勢調査では、ポーランド、英国、インド、ルーマニア、リトアニア、ブラジル、イタリア、ラトビア、スペインなどさまざまな国の出身者がアイルランドに居住していることが明らかになりました。トリニティカレッジダブリンの臨床上級講師で臨床科学者でもあるKathy Gately博士によると、これにより、患者の同意を得た上で、非常に幅広い人々を代表する遺伝子シグネチャーのバンクの構築が実現できます。 さらに、さまざまな遺伝子プロファイルが特定の治療法にどう反応するかを研究者が理解する手助けにもなります。「つまり、アイルランドで行われる研究は、他の国の人々に対しても国際的に有効で関連性を持つということです」と博士は語ります。
Gately博士は肺がん分野で20年以上にわたり研究を続け、特に標的治療耐性について研究しています。博士は、同研究所はアイルランドで唯一CAR-T/幹細胞移植が可能な臨床施設であるSt. James病院のキャンパス内のTrinity Translational Medicine Institute (TTMI) に勤務しています。
2022年、TTMIは、新たな治療ターゲットの発見や新規CAR-T細胞療法のスクリーニングに利用する3Dモデルの開発を目的にLegend Biotechと共同研究を開始しました。これにより、TTMIは患者由来のオルガノイドを開発し、倫理承認のもとLegend Biotechと共有しています。Gately博士は、バイオ製薬企業の研究者は既製のオルガノイドをよく使用するが、トリニティの研究で提供される3D版は「より多くの疑問に答えられる」と指摘しています。
アイルランドのエコシステムは、国際的な製薬企業が臨床研究チームと効果的に連携することを容易にしています。他の業界アナリストは、病院システムとの緊密な統合は、国のインフラ開発に不可欠な要素であると述べています。
アイルランドの事例におけるもう一つの要素は、細胞・遺伝子治療を含む先進医療のCDMO(開発製造受託機関)であるHitech Healthです。同社はアイルランドと英国で30名を雇用しています。 多くの場合、これらの先進医療企業には開発中の製品があり、毒性試験に必要な前臨床試験材料の製造に関する専門知識を必要としています。Hitech Healthは、こうした先進医療企業のために、治療薬となりうる物質に規制当局から承認が下りた後、治験用材料の製造も行います。「この分野は急成長しています。2023年にFDAが承認した細胞・遺伝子治療薬は7件でしたが、2030年には世界の医薬品売上高の5~7%を占めるとグローバルデータは示しています」と、Hitech創設者兼CEOのBrian Harrison氏は述べています。
米国と英国に本社を置く遺伝子医療企業MeiraGTxは、製造拠点にアイルランドを選定しました。同社はシャノンで100人以上を雇用しており、遺伝子治療の重要な出発物質も製造しています。第1段階までに、アイルランドの施設の製造能力は同社の既存の英国研究センターの4倍になっていました。MeiraGTx社はシャノン施設をグローバル試験ラボに指定しました。オペレーション担当取締役のGreg Simmonds氏は、立地選定には「戦略的な利点」があると言います。「国自体がこの業界を中心に組織化されているため、似たようなことをしている世界有数の大学や企業に囲まれています。欧州のほかの国という選択肢もありましたが、アイルランドが最も理にかなっていました」
他の企業も追随しています。2023年には、BioMarin Pharmaceuticalが4年間で3800万ユーロを投資し、コーク県シャンバリーに大規模な製造工場を開設しました。この工場では、遺伝子治療薬を含む臨床製品と市販品の追加生産が可能です。アイルランドの臨床試験ネットワークは拡大しており、アイルランド政府産業開発庁の統計によると、拠点数は291に達しようとしています。その間、共同研究、投資、知識共有を促す支援的エコシステムが、未来の治療法の最前線にいるアイルランドを支えています。